顔面神経麻痺
顔面神経の役割
顔面神経は脳から出て、顔の表情をつくる筋肉を動かす神経です。まばたき、口角を上げる、涙や唾液の分泌、舌の前方の味覚にも関与します。
この神経が障害されると、顔の片側がうまく動かなくなる「顔面神経麻痺」が生じます。
顔面神経麻痺の原因と種類
ベル麻痺
原因不明で突然発症する末梢性顔面神経麻痺です。単純ヘルペスウイルスの再活性化による炎症が関係していると考えられています。
ハント症候群
水痘・帯状疱疹ウイルスが再活性化が原因とされています。耳の痛みや水疱、難聴、めまいなどの症状を伴うことがあります。ベル麻痺よりも重症化しやすく後遺症が残りやすい傾向があります。
中枢性麻痺(脳血管障害)
脳梗塞や脳出血、脳腫瘍など脳そのものの病気が原因で起こります。おでこの皺を寄せられる場合がある点が末梢性顔面神経麻痺との違いです。
外傷性・術後性麻痺
頭部外傷や耳の手術などにより、顔面神経が物理的に損傷されて起こります。
顔面神経麻痺の初期症状・特徴
- 片側の口角が垂れて食べこぼす
- 目が閉じにくい、まばたきしづらい
- 額のしわが寄らない
- 味覚の異常(舌の前方)
- 涙が出にくい、あるいはあふれる
- 耳の後ろの痛み(特にハント症候群)
顔面神経麻痺の検査
耳鼻科では以下のような診察・検査を行います。
- 視診・触診:表情筋の動きを確認し、左右差を評価します。
- 聴力検査・平衡機能検査:内耳の障害を伴っていないかを確認します。
- 電気生理検査(ENoG):神経の損傷度を評価し、予後の予測に用います。ENoG は発症 3–21 日目が推奨されます。
- (当院では施行しておりません)
- MRI・CT検査:必要があれば脳腫瘍や脳血管障害など中枢疾患の除外目的で行います。(当院では施行しておりません)
顔面神経麻痺の治療法・リハビリ
- ステロイド薬:ベル麻痺では72時間以内の投与が推奨されます。炎症を抑えることで神経の回復を助けます。
- 抗ウイルス薬:ハント症候群では、ウイルスの増殖を抑える目的でステロイドと併用します。
- 目の保護:閉眼困難がある場合は、角膜を保護する点眼や軟膏、眼帯を使用します。
- 表情筋リハビリ:顔の筋肉の萎縮や誤った動きを防ぐため、回復期にリハビリを行います。
顔面神経麻痺の予後と後遺症
顔面神経麻痺の回復率や後遺症の有無は、発症の原因・治療開始の時期・重症度により異なります。
ベル麻痺の予後
- 軽度〜中等度では約80%が後遺症なく回復すると報告されています。
- 重症例では約10〜20%に後遺症(顔のこわばり、異常共同運動など)が残る可能性があります。
ハント症候群の予後
- 回復率は約40〜70%とされ、ベル麻痺よりも後遺症が残る割合が高くなります。
- 早期治療ができなかった場合、難聴や顔のこわばりが慢性化することがあります。
後遺症の例
- 病的共同運動(例:目を閉じると口が動く)
- 顔面拘縮(表情筋の突っ張り)
- 顔の非対称や違和感が長期に残る
これらは、神経の異常再生や不適切なリハビリが関与していることがあります。回復を促すには、医師の指導によるリハビリを継続することが重要です。
まとめ
顔面神経麻痺は早期治療で予後が改善します。24–48 時間以内の受診と、医師指導のもと適切な治療・リハビリを行うことが後遺症予防の鍵となります。
よくある質問
Q. 顔が動かしにくいとき、どんな日常生活の工夫が必要ですか?
目が閉じにくい場合は人工涙液やアイパッチで保護し、食事中はゆっくり噛むようにしましょう。
Q. 顔がこわばって笑えません。何かできる対処法はありますか?
表情筋をやさしくマッサージしたり温めたりすると緊張がほぐれやすくなります。
Q. 顔面神経麻痺のセルフケアで効果的な方法はありますか?
毎日鏡を見ながら行う顔面体操が有効です。受診時にリハビリの紙をお渡しいたします。無理せず少しずつ継続しましょう。
Q. マッサージや鍼灸は効果がありますか?
科学的根拠は限定的ですが、痛み緩和や拘縮予防を目的に経験的に用いられます。実施する際は必ず主治医にご相談ください。
Q. 妊娠中に発症した場合の治療は?
妊娠後期はベル麻痺のリスクが高まります。治療には胎児安全性が比較的高いプレドニゾロンを短期投与するのが一般的です。産科担当医とも連携して治療方針を決定することが推奨されます。
Q. 顔面神経麻痺は再発しますか?予防方法はありますか?
再発はまれですが、疲労・ストレス・風邪が引き金になるため体調管理が大切です。
Q. 顔の違和感を感じたら、どれくらいで受診すべきですか?
24–48 時間以内の受診が重要です。早期治療が後遺症を防ぐ鍵になります。
Q. 温泉やお風呂は入ってもいいですか?
発熱や重い症状がなければ入浴は問題ありません。顔を冷やさないよう注意しましょう。
参考文献
- 日本耳鼻咽喉科学会「顔面神経麻痺診療ガイドライン2022」
- 日本神経学会「末梢性顔面神経麻痺に関する診療指針」
- 厚生労働省 難病情報センター「ハント症候群」
- Baugh RF et al. "Clinical practice guideline: Bell’s palsy." Otolaryngol Head Neck Surg. 2013.
- Japan Society for Facial Nerve Research. “Clinical Practice Guideline for Facial Nerve Paralysis 2024 (in press).”